【ほほぉ~】トランプ大統領誕生の背景には「メリー・クリスマス!」が言えなくなったアメリカ社会の窮屈さがあった

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「メリー・クリスマス!」が言えなくなったアメリカ社会

 トランプ氏が大統領になるかもしれないと昨年の今頃言っていれば、「あいつはバカだね」と言われたかもしれない。「あれは泡沫候補だよ」と言われたかもしれない。しかし、実は昨年の時点で、トランプ氏への追い風が吹き始めていた。

 私も昨年12月、ニューヨークにいたのだが、五番街の喧騒の中を歩いていて、強い違和感に襲われたことを覚えている。世界一のブランドショップ街に、「メリー・クリスマス!」の文字がほとんど見当たらなかったのだ。一年を通じて最大の商戦であるクリスマス商戦の真っ只中にもかかわらず、五番街にはメリー・クリスマスに代わって、「ハッピー・ホリディズ!」の文字が溢れていた。

 このような変化はここ3~4年、徐々に進んできた。それは、異教徒に対する“配慮”からだと聞いた。ニューヨーク在住歴25年の日本人女性は、事もなげに私にこう言った。

「友人にも、ハッピー・ホリディズですね。どんな宗教を信じているかわからないし……」

 ご存知の通り、アメリカ社会は人種・宗教のるつぼであって、既に非英語人口は約20%に及ぶと言われている。WASP(白人・アングロサクソン・プロテスタント)が社会の基盤にあった時代は、遥か遠い過去である。

「どうしてキリスト教のお祭りなのに、ユダヤ教の人もイスラム教の人も仏教の人もメリー・クリスマスと言わなくてはいけないんだ? それはキリスト教の驕りではないのか? 宗教の押し付けは止めてくれ」

 このような動きが現在のアメリカ社会に、強いうねりとしてある。

 もちろん、アメリカの新聞の中にも、「ハッピー・ホリディズ」なんて言わないで、「メリー・クリスマス」という言葉をそれぞれの宗教の人々が微笑で迎えるような多様性や寛容性があってもいいんではないか、という論調もあるが、それは少数意見である。

 クリスマスツリーを飾るのも、「果たしてこのアパートメントでは、いいんだろうか? ここにはイスラム教の人もいるんじゃないか? それは宗教の押し付けになるんじゃないか?」と気兼ねする不思議な風潮。

「この国には公正で中立的なバカが多すぎる」

 トランプ氏は、以前ツイッターで「この国には公正で中立的なバカが多すぎる」とつぶやいた。 「メキシコ国境に壁を造れ」「イスラム教徒の入国は禁止せよ」など、トランプ氏の主張には呆気に取られるものが数多い。しかし、「この国には公正で中立的なバカが多すぎる」という彼のこの言葉だけは、なぜか私の頭に引っかかった。

 アメリカ社会では、今まで無邪気に謳歌してきた楽しい行事が、「多様な」という価値観にがんじがらめに覆われてしまっていたのである。

 多様な価値観を認めようとするあまり、大切な価値観にふたをしてしまう、あるいは元々ある伝統的な価値観は古いと葬ってしまう社会の動きに潜む「非寛容さ」。これこそが、今のアメリカ社会を窮屈にしているのではないだろうか。

「多様な価値観を認めよう」という考え方そのものが、実は多様な宗教観や価値観、多様な楽しみ、生き方、そういうものを逆に縛る一神教的な教義となってしまっているのだ。このような現象は今の日本でも同じように見られることである。

 少数意見は尊重されなければならない。それは、成熟した社会の一つのベクトルだろう。しかし、一方で多数意見や曲げるべきではない常識、伝統も尊重されるべきものではないだろうか。

「メリー・クリスマス!」と幸せそうに声を掛け合った街角の風景は、進行する多様性に満ちた社会では、すでに懐かしい幻となりつつあるのかもしれない。

 だからこそ、このような風潮が昔の無邪気でそれでいて強かったアメリカに対する、国民のノスタルジーを呼び起こし、トランプ大統領誕生への追い風となったのではないだろうか。

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以下ネットの反応。

「自由の国」アメリカのクリスマスがこんな事になっているとは全然知らず、まずそれにショックを受けました。多様な価値観を尊重しようとして、多様性(元々の価値観)を失っていくという非常に危惧すべき事例です。

日本で言えば、万人に受け入れられようとして失敗したテレビ、無難無難を求められ何もできなくなった教師なんかを連想してしまいます。「公正・中立」を求めるあまり世の中がつまらないもので溢れることになるというのは、常に気にかけておかなければならない視点だと感じます(大事なのはバランス)。

しかし、アメリカで「メリー・クリスマス!」が言えないとはねぇ~。とても勉強になる記事でした。

 

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コメント

コメント大歓迎です。一言からお気軽に。
  1. 匿名 より:

    一方、商業主義一辺倒でメリークリスマスやハロウィン、バレンタインデーを乱用する無宗教者だらけの日本でした

    • 名無しのK-poopファン より:

      サヨさん的にはメリークリスマスが言えないフェミが蔓延った国がお好みらしいな

      • 匿名 より:

        おちおち挨拶すら出来なくなるレベルに、マイノリティや弱者にとにかく配慮して配慮して配慮して配慮しまくる社会、ってのが左翼にとってのパラダイスだからね、仕方ないね。
        しかも「マイノリティ」や「弱者」の定義を俺たちに決めさせろ、というのが左翼の言い分だからね。一種のディストピアだね。

      • 匿名 より:

        天皇を神とする神道の一神教体制を作るために寺と神社を無理やり統一しようとした明治政府の信奉者が言える立場かよw
        反対した仏教関係者、どんだけ刑務所にぶち込んだとおもってんだ。

    • 匿名 より:

      これのどこが左翼的なんだ…
      事実言っただけで、こじつけ粘着して構ってくるのだからネトウヨは社会に出て来ないでもらいたい

  2. 匿名 より:

    多文化グローバル主義の管理人さんは大歓迎でしょ

  3. 匿名 より:

    何千年(、何万年)と受け継がれてきた福島の伝統文化を途絶えさせる原子力ムラ。

    >しかし、一方で多数意見や曲げるべきではない常識、伝統も尊重されるべき
    ・・・だから「正論」で「土人」を殴りつけて良いってわけね >spa

  4. 匿名 より:

    ってかアメリカが産んだイスラム過激派を背景に、イスラム教徒を過剰に気遣うからこうなるんでしょ笑
    自業自得であり、これを理由に価値観の多様性を認めたばっかりにーは説得力がないかな

  5. 匿名 より:

    ハッピーホリデーでいいじゃん?さすがにこれが理由ということはないだろ~

    • 匿名 より:

      多様化を謳うなら「メリークリスマス」をぼかすんじゃなく、イスラムの祭りも行うべきってことですよ。
      引用ツイにもあるように、日本の雑多さ(節操ない面もあるけど)の方がいい見本なんじゃないですかね。

  6. tetsuya0069 より:

     私が生まれた土地では、クリスマスを知りませんでした。
    小学校低学年で引っ越した先で、クリスマスを知りました。
    大人になって、昔の新興宗教によって、古代から元々在った、冬至や新年の祭りから信者を確保するためにクリスマスの日が意図的に設定されたことを知りました。

     クリスマスが定着している地域では、幼児や子供からクリスマスを奪う事は出来ません。
    子供たちから、あの、期待感や高揚感を決して奪うべきでは有りません。
    日本の農耕民族は、様変わりした冬至の祭り、正月の前座イベントとして、子供達・若者達を中心に楽しめばよい事です。

     窮屈を感じるのは個人差があり、尚且つ、感じる時間も長い目で見れば、ほんの僅かな時間で他愛もない事です。
    「今は、ハッピィ・ホリディと云ってるけど、昔はメリークリスマスって、言ったんだよ」っていう時が直ぐにやって来ます。
    「ハッピィ・ホリデー」と言いかえることで、視野が広がって、世界の平和に少しでも心する事が出来るのであれば、何の問題も無い事です。

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